圧倒的な強さは時に批判を生む。これまでも、井上の対戦相手について言及されてきたが、もはやバンタム級で群を抜くファイターであることに議論の余地はない。一体誰が、ファン・カルロス・パヤノやエマヌエル・ロドリゲス相手にこれだけの圧倒的な強さを示せるだろうか。

 最短、最速で仕事を終えた井上の顔は、傷一つなかった。左フックで顎を打ち抜き、フィニッシュも抜かりなかった。スコットランドで行われた試合は、米国時間で夕方ごろ米DAZN(ダ・ゾーン)が中継。丁度、米東海岸ニューヨークではワイルダー対ブラジール戦直前だった。

 この日、ワイルダーも1回KO勝ちを収めソーシャル・メディアでは、井上とワイルダーのKO劇は大きな話題を呼んだ。軽量級が軽視されてきた米国でも、井上のKO劇は無視できない。PFP(パウンド・フォー・パウンド)についても議論は白熱することは間違いない。

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井上の圧勝劇で幕を閉じた

5月18日 SSEハイドロ スコットランド
IBF世界バンタム級タイトルマッチ
エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)
19戦全勝12KO

井上尚弥(大橋)
17戦全勝15KO
 
 WBSS(ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ)は現地時間18日、スコットランド・グラスゴーにあるハイドロSSEでアリーナで行われ、井上尚弥(大橋)が2回に計3度のダウンを奪いロドリゲスを沈めWBSS決勝に駒を進めた。

 勝った井上は、ロドリゲスの持つIBFタイトル奪取に成功。米リング誌バンタム級の王座も獲得した。準決勝でロドリゲスを破った井上は、決勝でノニト・ドネア(フィリピン)と対戦することが決定。日本の期待を背負う井上は、今後どこまで躍進するのだろうか。

統一戦の消滅

 ロドリゲスに苦戦する見方もあったが、井上のこれまでの実績、スピード、パワー、フィジカルといった戦力パラメーターでは遥か上、ロドリゲスがアンダードッグであることに変わりはなかった。しかし、今戦で懸念事項がなかったわけではない。今回、IBF(国際ボクシング連盟)の当日計量が設けられたのである。

 これまで試合当日に6キロ前後増量していた井上は、試合当日の朝に計量が設けられ増加の増量は10ポンド(約4.54キロ)までに制限され、コンディショニングに多少なりとも影響がでることが気がかりだったが、もはやそんな心配は無用だった。

 IBFは2017年、統一戦に限りIBF王者と他団体王者のあいだに不利を無くすため、当日計量を廃止したが、今戦は統一戦として認められなかった。これはIBFが規定でWBAにスーパー王者が君臨する場合、スーパー王者との試合のみ統一戦と認めているからだ。

 WBAは、2つの王座を用意している。井上がジェイミー・マクドネル(英)から奪ったWBAタイトルはセカンド・タイトルで、その上のスーパー王座にはノニト・ドネアが君臨している。

 WBAの規定でスーパー王者認定は、他団体の統一王者や防衛回数だけでなく、WBAの裁量によって全ては決まり、正規王者が居るには関わらずスーパー王座決定戦が行われることもある。セカンド・タイトルはWBA王座に変わりないが、米リング誌をはじめESPNでは王者として認められていない。

 今回、井上尚弥の持つWBA王座はかけられず、ロドリゲスが持つIBF王座のみタイトルマッチとして承認。井上のもつWBAタイトルはそのままとなった。

不利予想だったのがロドリゲス

 過去最強の相手と言われたプエルトリカンのロドリゲス、実績からいえばバンタム級屈指の強豪とはいい難いが、豊富なアマチュア実績をもつ技巧派だ。2010年シンガポールで開催されたユース・オリンピックで金メダル獲得、同年ユース世界選手権でフライ級で出場して銀メダルを獲得している。

 プロ転向後、プエルトリカンのホープとして期待されたロドリゲスは順調に勝ち、ポール・バトラー(英)に勝ちIBF世界バンタム級王座獲得に成功。その後、WBSS(ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ)バンタム級トーナメントにエントリーすることが決まった。

 ロドリゲスは、バンタム級に上げても勢いがとまらない井上の好敵手となる見方もあったが、プロ入り後バンタム級でがエリート・クラスと呼べる強豪に勝った実績はなかった。

 山中慎介にKO負けしたアルベルト・ゲバラ(メキシコ)、ポール・バトラー(英)戦は何も判定勝ちに留まりスペシャリティなものはなかった。迎えたWBSSトーナメント初戦、ジェイソン・マロニー(豪)戦では苦しい12回判定勝ち。階級屈指のパワー、スピード、高い戦力を誇る井上と好勝負になる期待は一気に薄れた。

井上、ロドリゲス相手に圧勝

 パワー、スピードこそ最大のアドバンテージだ。相手に致命傷を与え最短で仕事を終えた井上、もはやこのクラスでライバルとなる相手は見当たらない。序盤はプエルトリカンがコントロールしたが井上のパワーショットが有効だった。その後、2回モンスターの一撃で一気に形勢は変わった。

 バック・ペダルを踏み後退すればモンスターの土俵だ。ロドリゲスは研究していたことは間違いないが、その戦術が正しかったどうか。もちろん、ロドリゲスが弱いのではない。井上の戦力が桁外れなのだ。

 ロドリゲスは、宣言どおり序盤プレスをかけ井上の鋭いジャブは、右クロス、ヘッドムーブ、パーリで対処。入り込むところにはフックを引っ掛けた。井上が振るったパワー・ショットも有効だったが、ロドリゲスのプレスとジャブは、井上の前進を阻むのに十分効果的だった。一方、「すごく力みがあった」と振り返った井上、左フックが空を切りバランスを崩すシーンもあった。初の英国の地、慣れない舞台の影響もあったのかもしれない。

 しかし、それでも戦力の差は明白で井上を抑えこむことは出来なかった。2回、ギアを一気に上げた井上は序盤からスピードに乗ったソリッドなパンチを炸裂させた。鋭いステップ・インからワンツー、左の返しを浴び顎を跳ねあげられたロドリゲスは一気に劣勢となり、ショート・レンジで左フックで顎を撃ち抜かれプロ・キャリア初のダウン。これが決め手となった。

 鼻血を出したロドリゲスは、意地で立ち上がるもダメージは深い。その後、井上のボディが突き刺さり2度目のダウンを喫したロドリゲスは、膝をつき苦悶の表情でコーナーに対しストップ抑止を訴えた。何とか立ち上がるもロープを背負い井上の猛攻で崩れ落ちレフェリー・ストップとなった。

井上次戦はドネアとのIBF・WBA王座統一戦

 親日家として知られるドネアは度々来日。これは、井上がオマール・ナルバエス(アルゼンチン)に挑戦するとき、ちょうど来日していたナルバエスと対戦経験のあるドネアが井上にアドバイスしていた時の写真だ。あれから5年、誰がこの2人が拳をあわせると予想しただろうか。

 WBSSトーナメント決勝は、井上尚弥とノニト・ドネアが激突する。WBSSシーズン2バンタム級対戦カードが決まった時、まさか、井上対ドネアが決勝で実現するとは思わなかった。

 ドネアのピークはとうにすぎている。戦力で大幅に上回る井上が圧倒的有利であることは間違いないが、依然として井上のタフネス、打たれ強さ、メンタルは未知数だ。ドネアは、井上ほどのスピードはないが、多くの修羅場を経験してきている。スピードは衰えているがパワーはまだ健在だ。これは井上にとって脅威だろう。

ドネアは最後のチャンス

photo by:boxingscene


 5階級制覇を達成したドネアはプロ通算45戦40勝26KO5敗。全盛期にはフィリピーノ・フラッシュで軽量級シーンで輝きをみせたもの、36歳となりキャリアは終盤に近づいてる。WBSSエントリーは最後のチャンスだろう。

 トップランク社ホープのジェシー・マグダレーノ(米)に負け王座を失って以来、存在感は薄まっている。見切りの良さは健在、だが適正階級を超えてからもパワー頼り。フェザー級、スーパーバンタム級と階級は定まらず迷走感さえ漂う。

 ギレルモ・リゴンドー戦、リゴンドーからダウンを奪ったが、完敗に近い内容だった。リゴンドーの強打を浴びたドネアのペースは後半、急速にダウン。フェザー級にあげアラムの画策にはまったのかビック・ダルチニャンを失神KOさせトップランクが売り込みをかけていたニコラス・ウォータース(ジャマイカ)とのWBAフェザー級王座統一戦は、計2度のダウンを喫し敗北した。

バンタム級でやり残したことは

 井上対ドネアで盛り上がりをみせるWBSSバンタム級決勝。決勝でWBOの王座もかけられ3団体となるはずだったが、WBA・IBFの2団体となりスケールダウンは否めない。怪我でライバル達が棄権、圧倒的な強さを誇るが、運に見放された感がある井上の今後はどうなるのか。

 バンタム級でスピード、パワー、フィジカル、クイックネスが高次元にあることは言うまでもない。WBSSでは、巧みな距離感を持つライアン・バーネット(英)、WBO王者ゾラニ・テテ(南アフリカ)が棄権。井上との対戦が叶わなかったが、もし井上がWBSS優勝を飾れば実現する可能性はまだ残っている。

 米有力プロモーターのトップランク社ボブ・アラム氏は、優勝すれば井上と契約することを示唆している。もっとも、井上とトップランク社が契約しても何ら不思議ではない。トップランク社は日本の窓口的な役割を果たし提携関係にある帝拳プロモーションズとも親交が深い。

 まだ、先行きは不透明だが、井上がWBSSバンタム級で優勝。トップランクと契約を結すぶことに成功すれば、米英でのマッチメークも有利に働く。井上がどこまで階級を上げることができるかわからないが、スーパーバンタム級へのアップは確実視される。

 米英日、世界中に豊富なパイプがある老舗トップランクがプロモートすることで、ビッグファイトの交渉もしやすくなる。北米で勢力を強めるトップランク社は最近、MTKグローバルと英国、アイルランドで年間30のイベントをESPNで独占中継することを合意。北米だけでなく英国にも勢力圏を拡大している。

 MTKグローバルは、ヘビー級ビッグネーム、タイソン・フューリー(英)やアイルランドに大きなファンベースをもつカール・フランプトン(英)を管理。トップランクが共同プロモートしている。もし、井上がトップランクと契約を結ぶべば、軽量級で大きな集客能力をもつカール・フランプトンとの対戦も現実味を帯びてくる。

 そして、WBSSで惜しくも1回戦で敗退となってしまったバーネットやテテと対戦する機会もまだ残っている。マッチルーム・ボクシングに所属していたライアン・バーネットは、マッチルームを離脱。トップランクと新たに契約を交わしWBSS準決勝を怪我で出場を辞退したゾラニ・テテとの対戦機運が高まっている。

 ゾラニ・テテは、トップランクと提携関係にあり関係を強化しているフランク・ウォーレン氏がプロモートしている。「戦いは英国時間にあわせる」とアラム氏はコメント。ウォーレン氏もテテ対バーネット戦に強い関心を示している。WBSSで井上が優勝すれば、バーネット対テテの勝者との対戦は難しくない。

井上はどこまでいけるのか

 井上のベストはどの階級だろうか。ソーシャルメディアではフェザー級まで階級アップが期待されている。

「井上は122ポンドまで階級をあげることができる」
 こう語るのは、石田順次のトレーナーを務め、現在、北米で数十年ぶりに王座獲得に成功したWBO世界スーパーフェザー級王者伊藤雅雪を支えるルディ・エルナンデス氏だ。

 ライトフライ級でデビューした井上は、ライトフライ、フライ級を超えスーパーフライ級、バンタム級と3階級を制覇。適正階級はどこなのか。バンタム級がベストウェイトにも見えるが、有り余るパワーは、1階級上のスーパーバンタム級でも通用するだろう。

 現在のバンタム級は、残念ながら実力と人気を兼ね備えた井上のライバルとなるタレントは枯渇しているが、スーパーバンタム〜フェザー級にあげるとタレントが揃う。なかでもトップランクは、スーパーバンタム級、フェザー級に実績をもつビッグネームを傘下に収めている。

 スーパーバンタム級にはガーナ出身のトップアマのドグボーとの2連戦に勝利したあとトップランク社との契約を勝ちとったメキシカンの新鋭ナバレッテ、日本でWBAタイトル奪取に成功し、故郷米ロサンゼルス・イングルウッドで、IBF王者T.Jドヘニーとの統一戦を制したダニエル・ローマン(米)が君臨するクラスだ。メキシカンのナバレッテは大柄、このクラスになるとフレームの差がではじめるが、井上の持つスピード、パワーは十分アドバンテージとなるだろう。

 続いてフェザー級、フィリピンの英雄マニー・パッキャオもこのクラスからライバルのメキシカン、マルコ・アントニ・バレラ、エリック・モラレス、ファン・マヌエル・マルケスと拳を合わせ、センセーショナルなKO劇で世界を震撼させ商品価値を上げた。そして、往年のレジェンドが巻いたウェルター級王座を巻き、1試合、数十億円稼ぐ世界のトップスターにまで上り詰めた。

 このクラスになると、バンタム級とは一線を画すほど注目度が増すが、体格の差がでてくる。当然、周りのレベルも上がってくる。

 米ロサンゼルスに居住、米西海岸で抜群の観客動員能力を誇るレオ・サンタ・クルス(メキシコ)、オスカル・バルデス(メキシコ)、英国界にはジョシュ・ワーリントンとビッグネームが名を連ね、トップランク傘下で将来の看板候補リオ五輪メダリストのシャクール・スティーブンソン(米)、トップアマでWBC王座を巻くゲーリー・ラッセルJr.も(米)も居る。

 これまで、スピード、パワーで圧倒してきたが、どこまで通用するのか。タフネス、メンタル多くが未知数の井上にとって不安要素は多く、多くのことがテストされるだろう。バルデスの強振をまともに貰い、劣勢に立たされた時のリカバリー能力は。ラッセルのハイ・スピードについていけるのかどうか。パワーが互角になった時の戦術はどうか。当然、体格面では不利だ。パッキャオが階級を上げスタイルチェンジしたように高い適応能力が求められる。

 もちろん、これまでの話はWBSSで優勝を果たすことが条件だ。ただ、井上は間違いなく軽量級の歴史に名を刻むファイターになる。スーパーバンタム、フェザー級に上げてもなおモンスターの勢いが止まらなければ、ジョフレ、サラテ、オリバレス、ファイティング原田といったバンタム級レジェンドらと肩を並べ、最高のファイターの1人ではなく“ベスト”と呼ばれることは間違い。

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