3階級制覇を達成した男が再び己の強さを証明するためリングへかえってくる。たしかに現役復帰する可能性はあった。しかし、こんな形で現役復帰が決まると予想していたファンは少なかったのではないだろうか。2017年末に現役引退を表明した井岡一翔が引退を撤回、4階級制覇を掲げ米国のリングで現役復帰する。

 復帰戦は、米国現地時間9月8日カリフォルニア州イングルウッドで行われる軽量級の祭典Superflyシリーズ3で行われる。相手は元トップアマのマックウィリアムズ・アローヨ(プエルトリコ)/20戦17勝(14KO)3敗に決まった。米国デビュー戦は、米プレミア・ケーブルTV局HBOが中継する舞台となる。

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 井岡がSuperfly3のリングに決まった背景は何だったのだろうか。

好評を得たSuperflyはシリーズ3

photo credit by Tom Hogan/Hogan Photosboxingscene

 2017年9月米ロサンゼルス近郊にあるスタブハブ・センターで開幕した軽量級の祭典Superflyシリーズは今回で3回目を迎える。シリーズ開幕当初は、日本が誇るモンスター井上尚弥が米国のリングに初登場することもあり大きな話題を呼んだ。参加選手はアメリカ、メキシコ、タイ、ニカラグア、日本、国際色豊かな軽量級の実力者が一斉に揃うイベントとなった。

 Superfly開幕イベントは盛大に幕をとじたが、実はシリーズ2以降は主力選手がSuperflyのイベントを離れ人材が枯渇している状態だった。もともと、米メディアを通じてSuperflyのイベントを取り仕切るトム・ローフラー氏から、Superfly3のイベントを計画していることは伝えられていた。しかし、イベントの主役であるタイの英雄WBC世界Sフライ級王者シーサケット・ソー・ルンビサイが不参加、興行として成り立つのか懸念する声も少なくなかった。

 シーサケットは、Superfly3には出場せず母国タイのバンコクで開催されるOneのイベントで、3度目の防衛戦を行うことが決まっていたのである。シーサケットはカリフォルニアの地にバックグラウンドがあるわけではないが、米プレミアケーブルTV局HBOに3戦連続で登場。完全アウェイのなかヒール的な位置づけだが、アクション満載のスタイルはファンを魅了するには十分、一定以上のファンに認知されていた。

 シーサケットの存在を大きくしたのは、当時パウンド・フォー・パウンド(PFP)最高位に君臨するローマン・ゴンサレス(ニカラグア)戦だった。2017年3月米ニューヨークで行われた初戦はシーサケットが僅差の判定で勝ったが、試合後は「ゴンサレスが勝っていた」という論調だった。

 その後、WBC(世界ボクシング評議会)は即時再戦を指令。シーサケットは2017年9月因縁の再戦の舞台となった米カリフォルニア州カーソンにあるスタブハブ・センターでゴンサレスをリングに沈め完全決着を果たした。

 迎えたSuperfly2、多くのヒスパニックが見守る完全アウェイの中、メキシカンのファン・フランシスコ・エストラーダと激闘の末、判定勝ちを収めている。ゴンサレスが軽量級のメーン・ストリームから外れた今、Superflyでシーサケットの存在感は大きい。

井岡がオファー受けた理由

photo by:boxingscene

「井岡は、3階級制覇をしている日本人のレジェンドだ。Superfly3のイベントを素晴らしいものにしてくれるだろう」

 イベントを取り仕切り井岡一翔と契約した360プロモーションズのトム・ローフラー氏は、井岡に期待を寄せる。

 長らく北米で軽量級界をけん引してきたローマン・ゴンサレス(ニカラグア)がシーサケットとの再戦に敗れ王座から陥落。井上尚弥(大橋)との軽量級最大のドリーム・マッチが消滅し、Superflyに対する話題は減ってしまった。ファンからは、Superflyシリーズ存続の意義を問う声も少なくない。

 実際にSuperfly3のカードを見てお世辞にも南カリフォルニアの地で話題を集めるカードとは言い難く興行は苦戦を強いられる可能性が高い。トリプルヘッダーとなるが、タイトルマッチは、ドニー・ニエテス(フィリピン)と、アリソン・パリクテ(フィリピン)が空位のWBO世界Sフライ級王座決定戦のみだ。それ以外のカードはノンタイトル戦として行われる。

 メーンを飾るエストラーダの対戦相手、WBCランキング7位フェリペ・オルクタ(メキシコ)/40戦36勝(30KO)4敗(1KO)も調べれば好敵手であることがわかるが、知名度はない。メキシカン対決で立地条件からすれば妥当だが、シーサケットとの再戦へ向けてのチューンアップ・ファイトの位置づけであることは否めない。

 井岡にしても、米リング誌のフライ級にランク。マニアの間で知れ渡っているとはいえファン・ベースがない日本人が参戦しても、イベント集客の追い風とはなるとは考えにくい。ただ、実際には他団体王者らを招集するにしても難しかった。

 IBF世界Sフライ級王者ジェルウィン・アンカハス(フィリピン)は、トップランクと契約。トップランクはESPNと提携している関係上、米プレミア・ケーブルTV局HBOが開催するイベントに出場することは困難。井岡がSuperflyに出場することになったのはメイン・キャストが不足していたことと関係はあるだろう。

井岡はキャリア最大の対戦相手を迎える

 井岡は、初の米国のリングでマックウィリアムズ・アローヨ(プエルトリコ)との復帰戦が決定。アローヨは井岡にとってキャリア最大の相手といっても過言ではない。

 マックウィリアムズ・アローヨは、プエルトリコ出身の32歳、豊富なアマチュア経験があり国際舞台で活躍していたトップ・アマである。2007年パンアメリカン大会フライ級に出場、ドミニカンのファン・カルロス・パヤノらに勝ち金メダルを獲得。2009年ミラノで行われた世界選手権にフライ級で出場、ニヤンバヤル(モンゴル)を下し金メダルを獲得している。
 
 2010年プロへ転向。2016年以降、主戦場をプエルトリコから米国へ移している。これまでのプロ戦績は20戦17勝(14KO)3敗、2010年岡田隆志に、2014年アムナット・ルエンロエン(タイ)、2016年ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)3敗を喫しているがKO負けはない。


 2016年4月23日ゴンサレスに判定負けを喫したが、ゴンサレスを最後まで苦しめた。2018年2月24日Superfly2では元WBC世界Sフライ級王者カルロス・クアドラス(メキシコ)と対戦し判定勝ちを収め、Sフライ級で強い存在感を示している。

 一方、井岡はキャリアで重要な分岐点を迎える。Sフライ級で4階級制覇を掲げるが、不安要素は多い。1階級あげれば、当然パワーだけでなくフィジカルの差がでてくる。井岡はスキルに定評があるが、パワー、フィジカルがSフライ級トップレベルの選手に通用するかどうかは未知数。アローヨは、KO負けさえ感じさせるリスキー極まりない相手だ。

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井岡が米国で復帰戦を決めた理由は何か

  米国のリングで戦う理由、それは本人が希望したのだろう。3階級制覇の偉業を達成したが、井岡に対する批判的な意見は多い。その意見の殆どが強豪との対決を制していないのが理由だ。復帰の地として米国のリングを選択したのは正解かもしれない。

 これまでの井岡の活躍を見ていれば、果たして米国で復帰戦を行う必要があるだろうか。井岡は既に大阪に大きなマーケットを持っている。視聴率も稼げるし何より軽量級のマーケットは米国ではなく日本だ。それに米国で行うよりも報酬は見込めるだろう。

 実際に井岡は、地元大阪では絶大な支持を集め関東でも高い人気を集めている。2017年4月23日、地元大阪で行われた防衛戦は関西で瞬間最高視聴率19.2%、平均視聴率は15.6%、関東では瞬間最高18.7%、平均視聴率12.9%を記録している。

 この視聴率は現日本人の世界王者の中でもWBA世界ミドル級王者村田諒太(帝拳)に次ぐ視聴率で、米リング誌のパウンド・フォー・パウンド(PFP)に名を連ねる井上尚弥(大橋)よりも高い視聴率である。2018年5月25日東京で行われた井上尚弥の3階級制覇がかかったマクドネル戦は、1ラウンドで終わった影響も関係しているが、最高視聴率は10.7%止まりとなっている。

 ファイトマネーとは別に日本での放映権料も入るだろう。しかし、初の米国のリング、HBOの資金繰りが厳しいことを考えると高額の報酬は期待できない。2017年9月軽量級の祭典Superflyで米国から招聘された井上尚弥の報酬は18万2500ドル(約2000万円)を大きく下回り、おそらく、Superfly2でエストラーダが得た報酬10万ドルと同等か下回るだろう。

 では、なぜわざわざリスキーな米国のリングで復帰を決めたのだろうか。まず、ライセンスの問題がある。日本で復帰戦をするにしてもプロ・ボクシングに加盟しているジムに所属しなければライセンスが発行されない。こうした事情も米国リング復帰との関連性は否定できないが、井岡は自分の強さを証明するために米国のリングに上がることを決意したに違いない。

 日本は軽量級の中心地に違いないが、他国から強豪を招き日本のリングで試合をすることは簡単ではない。仮に、日本のジムに所属して海外で試合を行うにしても、TV局の都合やジムの方針もあるため交渉は難航を極めるだろう。

 これまでにも、WBA(世界ボクシング協会)が当時WBA世界フライ級スーパー王者だったファン・フランシスコ・エストラーダと当時WBAのセカンドタイトル・ホルダーだった井岡一翔の両陣営に指名戦を命じたが、結局は交渉は難航し決裂している。
 
 エストラーダがローマン・ゴンサレスを追いかけスーパーフライ級に階級をあげてしまったことが大きい理由だが、エストラーダの主戦場はメキシコで大きなファン・ベースがある。互いに大きなマーケットがある場合、開催地を巡り交渉が難航するケースは多い。

 たが、井岡が日本のジムを離れ主戦場を米本土に移したことで、井岡が求める強豪らとの対戦も夢物語ではなくなった。ローフラー氏と契約したことで、今後は米本土でのマッチメークも有利に働くだろう。事実、ローフラー氏は米国の有力プロモーターで、superfly3のイベントの舵をとり米プレミア・ケーブルTV局HBOとも密接な関係であるからだ。

 今後は、強豪アローヨをクリアすれば、シーサケット、エストラーダらとの対戦も見えてくる。だが、同時に井岡に課せられるハードは高い。スキルに定評がある井岡だが、本場米国では勝敗だけでなく勝ち方も求められる。米国のファンを納得させる勝ち方ができるかどうか、問われるのは内容だ。

 もちろん、スキル、駆け引きも重要だが、見せ場となるアクションがなければ観客から容赦なくブーイングの嵐を受けるだろう。もし、アローヨにショッキングなKO負けをすれば井岡の商品価値は一気に落ちる。ただ、アローヨに勝てば、シーサケット、エストラーダ、ゴンサレスらとの強豪との対戦が見えてくる。

 井岡はフライ級でファン・カルロス・レベコ(アルゼンチン)を倒し、3階級制覇という偉業を成し遂げたが証明すべきことはまだ残っている。当時WBAスーパー王者ファン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)が君臨、エストラーダが王座を返上し、井岡がWBA王者となったことは事実だがその後、トップクラスの選手と防衛戦をこなしてきたかといえばそうではない。他団体からWBAセカンドタイトル・ホルダーはチャンピオンとして認められていないのが現状だ。

 北本土でイージーなマッチメークはあり得ない。Superflyの舞台は潰し合い、文字通りハイリスク・ハイリターン、真の姿をさらけ出すことになる。王者の価値が失墜した今、本当に価値があるものは何だろうか。肩書きの複数階級制覇や防衛記録ではない。誰と戦かったかである。だからこそ、リスキーな北米のリングで勝ち上がった時の評価は揺るがないものとなるのだ。

(Via:boxingscene)

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