再戦が暗礁に乗り上げたWBA・WBC・IBF世界ミドル級統一王者ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)とサウル・”カネロ”・アルバレス(メキシコ)の一戦、はやくもWBC(世界ボクシング評議会)が動きを見せている。カネロの次戦は9月、デッドラインは近い。

 「カネロとの再戦が決裂した場合、我々はゴロフキンに対し暫定王者チャーロとの指名戦を義務付ける。我々は、彼にとってベストとの戦いを勧めている。彼はカネロとの再戦を臨んでいたし、多くのファイトマネーを稼ぎたいと思っている。彼は世界中のファンが望む戦いを実現したいと思っている」。

 WBCマウリシオ・スライマン会長はこう語っている。カネロとの再戦が消滅すれば、スライマン会長の言うとおりチャーロとの王座統一戦が筋である。チャーロは、4月21日WBCが設置したミドル級暫定王座決定戦を同級4位ウーゴ・センティーノ(米)と争い2回KO勝ちを収め暫定王座を獲得している。

 3団体の王座を抱えるゴロフキン、指名戦の消化は楽ではない。過去に統括団体から同時に指名戦を命じられ王座返上を余儀なくされたケースは多い。カネロとの再戦交渉が進められているが、IBF(国際ボクシング連盟)は、同級1位指名挑戦者セルゲイ・デレイビャンチェンコ(ロシア)との指名戦を義務付けている。

 ローフラー氏は、IBF本部があるニュージャージーへ飛びIBFと指名戦について6時間に及ぶ会談を実施。IBFは今後、数日内にゴロフキン陣営に結論を示すことになっている。ゴロフキンは4団体王座統一戦をかかげるがIBFの方針次第で、王座返上を選択せざるを得ない状況に陥る可能性がある。

 もともと、ゴロフキンは5月5日カネロと再戦することが決まっていたがカネロの薬物問題が勃発。再戦日程が刻一刻と近づくなか、カネロ陣営は強気の姿勢を示していたが、ホスト局のHBO(米・最大手ケーブルTV局)はプロモーション中止を発表。日を追う毎にカネロ陣営の情勢は悪化していった。

 試合を管轄するNSAC(ネバダ州アスレチック・コミッション)は、現状の状態ではカネロに対しライセンス交付を認めることは難しいとGBPへ通達。GBPは、事態の収拾をつけるため記者会見し、カネロがゴロフキン戦から辞退すること表明した。

IBFは、ゴロフキン対マーティロスヤン戦を認めなかった

 カネロとの再戦が消滅したゴロフキン陣営は、急遽代役を探すことを強いられ、オサリバン、Sウェルター級トップコンテンダーのハミエ・ムンギアらが候補に挙がったが最終的には米ロサンゼルスに居住するバネス・マーティロスヤン(アルメニア)に落ち着いた。

 WBCはマーティロスヤン戦に難色示したがタイトルマッチとして承認。ところが、メジャー4団体の中でもっとも厳格なIBFはマーティロスヤンが二年のブランク、ミドル級での実績がないことからタイトルマッチとして認めなかった。実際、IBFの王座は認定されておらず、WBA(世界ボクシング協会)、WBC(世界ボクシング評議会)、マイナー団体IBOが認定するタイトルマッチとして挙行されている。

 本来であればIBFは、ゴロフキンから王座を剥奪するところだが、ゴロフキンをプロモートするトム・ローフラー氏が死守。NSACからカネロの薬物問題の裁定が決まり、マーティロスヤン戦を発表した後4月20日、IBFと掛け合い2万ドル(約210万円)の手数料を支払い、条件付きで指名戦を回避することを合意した。
 
 IBFは取締役会議で、5月5日マーティロスヤン戦を行うこと。5月5日から90日以内に、IBF指名挑戦者デレイビャンチェンコ(ロシア)と指名戦を行うことをマーティロスヤン戦前に書面で同意することをゴロフキン陣営に求めた。つまり、指名戦の最終結論は、数日内に決定するが現段階では、ゴロフキンはデレイビャンチェンコとの指名戦が義務付けられている。

 カネロとの再戦は薬物騒動で一旦は消滅したが、大金が動くマッチメークだけに両陣営が再度交渉し、再戦を行うとの見方は依然として強い。4月17日、NSACはカネロを6ヶ月の出場停止処分と科している。

 もちろん、薬物問題の課題は残るが、カネロはVADA(ボランティア・アンチ・ドーピング機関)による通年によるランダムアクセス検査に同意。これで9月メキシコの独立記念日の週に挙行することが事実上可能となった。陣営がカネロとの再戦に方針を決めたことは間違いない。

 本来であれば、IBF指名挑戦者のデレイビャンチェンコ戦が筋。ローフラー氏は、デレイビャンチェンコ戦に関しプロモーションの日程不足を指摘しているが、4月17日カネロの薬物検査の裁定まで結論を先延ばしにしたのは、カネロとの再戦を第一オプションとして考えていたからだろう。リスクの少ないマーティロスヤンを選択したのも、カネロとの再戦前のリスク回避の一貫であることは否定できない。

ゴロフキン陣営はカネロとの再戦で50−50を要求!

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 「同時に2人と戦うことはできない」。

 ローフラー氏は頭を抱える。ゴロフキンは、カネロ、デレイビャンチェンコと戦うにしろ、WBC、IBFと話をまとめることができなければ、王座返上を強いられる可能性は極めて高い。仮に王座剥奪になったとき4団体統一を掲げていたゴロフキン陣営が今後どういった方針を示すのか。日本のファンが実現を望む“東京ドーム構想”ゴロフキン対村田諒太戦も現実味を帯びてくる。

 「我々はまだ、カネロとの再戦についてHBO、GBPエリック・ゴメス氏と協議している。この戦いがボクシング界の最大のイベントだからね」。
 ローフラー氏は、カネロとの再戦が最大のオプションであることを再度強調。ただ、報酬を巡って交渉は難航。ゴロフキン陣営は、50−50の報酬分配を望んでいるという。

 「ゴロフキンは、再戦で公平でない報酬分配に同意した。ゴロフキンは、50−50か35%以上要求している」。
 カネロとの再戦がカネロの薬物問題で中止。ゴロフキン陣営の主張も理解できるが、興行のAサイドはメキシカン・アイドル、カネロであることは明白である。カネロは米西海岸で絶大的な人気を誇り、米本土で強い影響力をもつ多くのヒスパニック層の支持を受けている。

ゴロフキン、カネロのバックグラウンド

 米国は世界各国から移民を受け入れている他民族国家である。近年米国ではヒスパニック人口が右肩上がりで増えている。ヒスパニック系が17%を締めその74%がメキシコ系アメリカ人だという。もはや、米本土で行われるボクシング・イベントはヒスパニック市場は無視できない。

 米有力プロモータートップランク社、ボブ・アラム氏も1986年以降、ヒスパニック市場に目をつけ数多くのビッグマッチを手がけている。最近では、プエルトリカンの移民が多く居住する米東海岸ニューヨークの殿堂MSGがホームのミゲール・コットをスターに仕立て上げている。

 ビッグマッチが5月、9月に米ボクシングのメッカ“ラスベガス“に集中するのは、ベガスのアリーナを所有MGM系列の誘致はもちろん、カジノなどの経済効果が大きい理由だけではない。米本土で行われるビッグマッチは、イベントにあわせ開催されることが多い。

 5月、9月はヒスパニック、特にメキシコ系アメリカ人にとって母国メキシコの大切な日である。この日は、民族の枠を超え多くのアメリカ人が祝う日でもある。前述したミゲール・コット(プエルトリコ)の試合が6月ニューヨークの中心マンハッタンのミッドタウンで行われるプエルトリカン・デイ・パレードがセットされることが多かったのもこれが理由である。

 5月5日はシン・コデ・マヨ(メキシコの祝日)、9月はメキシコの独立記念日がある。かつて、ペイ・パー・ビュー(PPV)を荒稼ぎしたフロイド・メイウェザーJr.(米)の試合が5月、9月に設定されたのも米本土でPPV購買件数の影響力が大きいヒスパニック市場があったからである。

 実際、2014年9月メキシコの独立記念日に行われたフロイド・メイウェザーJr.対サウル・”カネロ”・アルバレスの一戦は、当時PPV2位にあたる220万世帯が購入。メイウェザーは80億円以上、カネロも12億円以上の報酬を手にしたと言われている。アフリカ系アメリカ人に根強い人気のあるメイウェザーだが、興行が成功した要因の1つとしてヒスパニック層の影響は大きい。

 2015年9月、ヒスパニックが多く居住するテキサス州アーリントンにあるAT&Tスタジアムで、米国ではほとんど無名のリアム・スミス(英)と戦い、同スタジアムで開催されたボクシング・イベントでは最多となる51240人の観客を動員。2010年、パッキャオ対クロッティ戦の50944人の記録を更新した。

 一方、ゴロフキンは35歳。キャリア後期でダニエル・ジェイコブス(米)、デビッド・レミュー(カナダ)らビッグネームとの対戦にこぎつけた。ゴロフキンを見れば、ボクシングでアメリカン・ドリームを掴む過酷さが分かる。米本土では実力だけでなくネーム・バリューがものをいう。

 ゴロフキンは、旧ソ連のカザフスタンにルーツをもち壮絶な半生を過ごしている。ソ連が崩壊したことにより、それまで幸せだったゴロフキン一家だったが急変する。ゴロフキンが9歳のとき、実の兄セルゲイ、ヴァディムはロシアの軍隊に入り、90年ヴァティムが戦死、94年セルゲイも帰らぬ人となった。このとき、ロシア政府関係者から全く何の説明もなかったという。

 アテネ五輪ミドル級で銀メダルを獲得したゴロフキンは、2006年ドイツのプロモーターと契約を交わしプロへ転向。2010年、トム・ローフラー氏が実質舵をとるK2プロモーションズと契約。米カリフォルニア州ビッグベア・レイクのサミット・ジムに拠点を置き名選手を育てているアベル・サンチェス氏を新たなトレーナーとして迎える。

 2012年、米で確固たるボクシング・ブランド力があるプレミア・ケーブル局HBO(米・最大手ケーブルTV局)と契約。ゴロフキンのアメリカン・ドリームも近づいてくるが、デビッド・レミュー(カナダ)戦にこぎつけるまで実に3年以上の歳月がかかっている。

 ただ、近年マーケットが変わり米国人であってもスターになることは困難。フィリピンの英雄マニー・パッキャオは本当に特別。ゴロフキンは中央アジアがルーツなだけにマーケットを構築することは容易ではなかったはずである。

 実力者でなく下位ランカーとしか戦っていないという批判もあるが、ライバルに恵まれず絶対王者は不在だった。早期に米ニューヨークに大きなコミュニティをもつアンディ・リー(アイルランド)や、フリオ・セサール・チャベスJr.(メキシコ)との対戦が叶っていれば、状況をはやめに打開できた可能性はあった。

 当時、ミドル級は優秀な人材が枯渇していたことも事実である。同時期、ピーター・クイリン(米)、ダニエル・ジェイコブス(米)らもミドル級トップ戦線で活躍していたが、HBOと相反するShowtime(米・大手ケーブル)傘下で売出し中、米国で知名度が低いゴロフキン相手はあまりにリスキーだった。

 2015年10月、ようやくデビッド・レミュー(カナダ)戦が決定。ニューヨークの殿堂MSGアリーナには多くの観客が駆けつけ満杯となった。その後、2017年3月ホームとなりつつあるニューヨークMSGアリーナに再び登場、35歳を迎えたゴロフキンはようやくダニエル・ジェイコブスとのビッグマッチにこぎつけたのである。

ゴロフキン、カネロのデッドラインは近い

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 ゴロフキン陣営もカネロが最大のオプションで、カネロ戦以上稼げる相手はいない。ローフラー氏は、カネロが興行をリードすることは百も承知。それでも、”50−50ま”でとはいわず、”60−40”などでGBPを歩みよらせ合意に持っていきたいのだろう。

 カネロ戦が消滅した場合、高額報酬を見込めないデレイビャンチェンコとの指名戦。或いは、交渉難航が予想されるHBOとは相反するアル・ヘイモン傘下のWBC同級暫定王者ジャーモール・チャーロ(米)との王座統一戦を強いられることになる。

 何れにせよ、IBFの結論が数日中に出る。ゴロフキン対カネロ再戦の交渉は、プロモーション期間を考えるとデッドラインは近い。交渉が決裂にしろ今後、数週間の内に決まるだろう。

 カネロ戦が消滅した場合、先行きは不透明だが、すでに日本のメディアで報じられ10億円の資金の用意があると言われている東京ドーム構想、WBA世界ミドル級王者村田諒太(帝拳)戦も視野に入ってくるはずである。

 壮絶な半生を過ごしたゴロフキン、実力者と戦っていないと批判された時期もあった。中央アジア出身、米本土にバックグラウンドがないだけにマッチメークが困難だったことを考えれば公平とは言い難い。ゴロフキンは、勝ち続けければ認めてくれるそう思っていただろう。プロモーターの思惑、政治的なことが優先されたのが実情。だが、これがプロ・ボクシングというスポーツなのだろう。

 30歳、全盛期にセルヒオ・マルチネス(アルゼンチン)、ピーター・クイリン、ダニエル・ジェイコブス、フリオ・セサール・チャベスJr.らとにビッグネームとの対戦が叶っていれば、ゴロフキンの評価も今よりも絶対的なものになっていたに違いない。

 ただ、当時の他団体王者、トップランカーからすれば、ゴロフキンとの対戦は割に合わなかった。ボクシングはビジネスで双方のメリットがなければ実現し難い。マッチメークの事実上の最終決定権がある米プレミア・ケーブル局がゴー・サインを出すには強さだけでなく知名度が必要。たとえ、ゴロフキン陣営が交渉で譲歩したとしても得られるメリット以上に危険な相手。トップランカー、王者も避けるしかない。プロモーター、ホスト局も首をたてにふらなかったはずである。

  「米国はみとめてくれた」。
 ドイツのプロモーターと別れを告げ、アメリカン・ドリームを叶えるため米国へ上陸。世界各国を渡り歩くゴロフキン、この時、母国後のカザフスタン語、ロシア語に加え、ドイツ語、英語、スペイン語を話せたという。
 
 ゴロフキンは、現在拠点としている米・カリフォルニア州に降り立ちアメリカン・ドリームを叶えるため始動する。アテネ五輪メダリストで輝かしいアマチュア戦績もあるが、ファン・ベースがないだけに米国でのジム探しは難航したという。名匠アベル・サンチェス氏と出会い、クリチコ兄弟とトム・ローフラー氏が立ち上げたK2プロモーションズと契約。ゴロフキンをここまでスターダムにの仕上げた。理不尽極まりないプロ・ボクシングの世界で踊らされたカザフスタン人のゴロフキンもキャリア後期で、ようやく米国で認められた感はある。

 ゴロフキンは、世界中のトップ・アスリートが契約するナイキ・ジョーダン・ブランドと契約。ボクサーとしては、ロイ・ジョーンズJr.(米)、アンドレ・ウォード(米)に次ぐ3人目の契約選手となった。高級時計メーカーHUBLOTともスポンサー契約を果たしている。

 米国だけでなく多くのファンからリスペクトを得ていることは間違いない。だが、マーティロスヤン戦で圧勝したとはいえ、確実に衰えの足音が聞こえてきている。ここ最近では無駄に被弾する場面や体が流れる場面も多い。ジェイコブス、カネロとタフ・ファイトをこなし歴戦のダメージもある。かつて避けられた王者も36歳、ミドル級の情勢は一変し“狙われる王者”へ、年齢からしてもキャリアは後期に入っていることは間違いない。

 壮絶な半生を過ごし、人種の壁を乗り越え”ビッグ・ドラマショー”で自らのスタイルでファンを魅了。アメリカン・ドリームを掴んだゴロフキン、その歩みはリスペクトしかない。もちろん、将来は殿堂入りが確実視される。キャリア後期にはいったゴロフキン、最後のファイトまで見届けたい。

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